ブログを書くことと走ることについて、僕が思うこと

思うこと

久しぶりに家のMacBookを開き、静かな時間を過ごしている。窓からは、梅雨の晴れ間のやわらかな薄陽が差し込んでいる。

今日から、毎日、ブログを書こうと思う。

このブログを始めたのは、「何か」を見つけるためだった(→以前の記事)。僕の場合、何か書きたいテーマがあるわけではない。書く頻度についても特段決めてなく、どちらかというと、ゆるく「ほぼ毎週ぐらいで」の気持ちだった。

けれど、先日、ブログは毎日書くこと自体に意味があると思った。それは、マラソンランナーが小さな一歩を休みなく刻むように。そうしなければ、遠く先のゴールにたどり着けないように。5日前、ゴールドコーストマラソンを走りながら、そう思ったんだ。

僕がマラソンを走るとき、ゴールは見えていない。正しく言うと、初コースのときは、ゴールを探しながら走っている。人生も同じだろう。人生はいつも、初コースだ。

そう。僕には今、人生のゴールが、見えていない。1年後のゴールすら、見えていない。意外と多くの人がそうなのかもしれないけれど。

それに時間ができた。先月末に仕事をひとつやめたのだ。体調が思わしくないことが表向きの理由だが、それだけではなかった。50歳。ゴールが見えていないとはいえ、人生の残りが計算できる年齢だ。時間に流されることなく、確かに手応えのある仕事を丁寧にしていきたい。わがままは無論、承知だ。

だから、毎日書き続けることに、決めた。「何か」を見つけるために。ゴールを見つけるために。テーマをあえて絞らないのは、自分を限定しないためだ。どんなゴールが待っているのか、どんな自分を見つけられるのか、ワクワクしていたいからね。書くことは、実に走ることに似て、修業なんじゃないかな。

止まることなく、一歩ずつ、走り続ける。

休むことなく、一文づつ、書き続ける。

これは、自分への約束だ。

映画フォレスト・ガンプのトム・ハンクスの走る姿が、脳裏をよぎる。

「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」

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